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今日聞いた話。

人間が美味しい味付けと素敵な盛りつけで食事をするのは大事な事だと思っている。大袈裟に言ったら、命を繋ぐ儀式。自身の命を繋ぐために、他の命が支えているわけだから。食材となる目の前の命に感謝して、気持ちよく食べる。

初老の女性。近所の川辺を歩いていた。ふと気付くと、お隣さんが呼び止める。「ちょっと!××さん!」お隣夫婦の視線の先には蛇が小鳥を丸呑みにしようとしている。蛇の口からは小鳥の羽が動いている。

「あらっ!可哀想!」初老の女性は自分の家から、木の棒を持ち出し、お隣さんの旦那さんに渡す。お隣の旦那さんはその棒でおもむろに蛇の首を打ち付けた。蛇は慌てふためいたのだろう。命を繋ぐ糧をいざ自身の生命にしようとする時に、首を折られたのだから。その隙に小鳥は蛇の大口からすり抜け、心許ない足取りで歩いた後、飛び立っていったそうだ。蛇は首を折られてもなお、何処から尻尾か分からない体躯を思いっきり捻り、巨人に抵抗しようとした。しかし、運命は変わらない。

小鳥が可哀想?

可哀想かもしれない。今まさに命を落とすような場面だ。一つの命が終わろうとしているシーン。端から見て、可哀想かもしれない。でも。もっと可哀想なのは間違いなく蛇だろう。少し考える。どうして彼女が小鳥にとって可哀想という立場を取ったか。人が蛇に嫌悪感を抱きやすいのも分かるけど。そもそも姿形・形状が異なる。奴らには凶暴な性格を連想させる牙がある。それに毒が在るかもしれない。どう考えても、人間にはマイナスな因子を連想させるに易い。小鳥は?先ず害がない。噛みつかれる事もなければ、小鳥が囀る姿に嫌悪感を抱くものが居るだろうか。あ、大空に羽ばたく姿は人間からみたら羨望の眼差しもあるかもしれないね。

かといって。

小鳥が可哀想だとは思っても、蛇の食事になった運命を変えてしまうのはどうだろうか?人間に産まれたならば、人間の掟があるだろうけど。彼らにはそれがない。それがないという事は、掟が無いという事が掟だろう。更に横から手を出して変えてしまうのは、僕なら気が引ける。

彼女に聞いてみた。

「もしアナタが、南大門(焼き肉チェーン店)で肉を食べている時、突然暴漢が襲ってきて、バット首を思いっきり叩かれたら、良い気分がしないでしょう?」と。

「そりゃそうだわ。でも、その例えはどうなの?そんな小鳥を丸呑みなんてグロテスクだわ。」

「でもね、僕らは食事が食事の形態のまんま出てくる事が無くとも、牛は屠殺場で殺されたものを食べているわけですよ。」

「まぁ、そうね。」

「あっ、この前丸木船(間瀬の海鮮食堂)で活け造り美味しかったって言ってませんでしたっけ?」(こりゃ、意地悪な質問だw)

「あそこは美味しいわよ。鮮度も良いし。でも、生け造りは残酷だからもういいわ。」

これ以上話しても、平行線だな、って思って止めた。人間てば、生きてるものを殺めて食物としていかなければ、命を落としてしまう。そういう意味で言うと非常に業の深い生き物かもしれない。いや、他の動物や植物だって同じだけどさ。ただ。せっかく人間という生き物に産まれ、考えて知る事が出来る生命として産まれたならば。その命を落として食事となった生き物に感謝しながら、有り難く食べる。それと同じように、その命の連鎖を止めたりするのも如何なものか。

更に言うと。姿形でその生き物がどうか?とかって発想自体が貧困な気もする。自分がその生命の輪になんら関係ないのであれば、ゴタゴタ言う必要もないし、まして手を出す必要もないような気がした。

「蛇が食べてもいいのは、ドブネズミだわ。それならグロテスクでも我慢する。」

工エエェェ(´д`)ェェエエ工工 

もうだめだ。笑って過ごそう。完全に駄目だと思った時、僕はなるべく笑顔で過ごそうと思っている。僕の笑顔はちょっと残酷かもしれない。
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